尻(ひ)を借りたいとやってきた河童に火を貸そうと言って追い払う笑話めいた巧智譚。
 川で洗濯している婆さんの所に、河童がやって来て、「婆(はば)あ尻(ひ)かせ」と言う。このことを聞いた爺さんは、婆さんといっしょに、炬火(たいまつ)に火をつけて、川端に行き、「河童、火貸そう、火貸そう」と呼ぶと、いったん出て来た河童は、「いや、いや」と言って逃げて行ったという。熊本県飽託郡城山村、神奈川県津久井郡相模潮町、福島県南会津郡檜枝村、山形県最上郡最上町、秋田県由利郡東由利町などからの報告例がある。
 しかし、神奈川、福島、秋田の各県例話では、「尻(ひ)」と「火」とのことばの理解のくいちがいによる昔話展開の面白さは失われている。山形の例話では、説明の上でかろうじて、その意味をたもっている。沖縄本島国頭地方でも、煙草を吸うのに、女の人に「火(ひ)い貸してくれ」と頼んだら、「尻(ひ)いを貸せとはなにごとだ」とたいへん怒られたという世間話をしばしば採取している。が、最初から河童が「火を貸せ」とやってくる神奈川、福島、秋田の各県例を古態とする見解もある。熊本県の例は、「話の三番叟」と題して報告されたものであり、『日本昔話名彙』では、これを1話型とは認めないで、「昔話の魅力」の項に掲げている。
 熊本県の例話を紹介した野口正義は、「最初の『話の三番叟』というのは、聞き手を前にして、これを始めるといふしるしにやるもので、謂はば昔話の雰囲気を創るためのものである」と注している。
 「最初に語る昔話」は、野村純一によって注目されたものであり、同氏もまた新潟県栃尾市吹谷部落における「最初に語る昔話」として、「豆の子むかし」の1類を紹介しているが、この場合の話も、爺の尻が笑いの種となっている。婆の尻を笑いの中心とするものに、「婆の鳥料理」があるが、これを奄美徳之島方面では、「最初に語る昔話」とし、この場合も「昔話の雰囲気を作るために」と説明されている。
 今日では、性をテーマとする「最初に語る昔話」は、昔語りのくつろいだ雰囲気をつくるためと説明されるが、その始原は、男女の性の交りの物語を語って、穀物の豊饒を期待した祭の庭の語りごとに求められるものであり、この「河童火やろう」の昔話も、その語りごとの1流と認めうるものであろう。