河童が相撲好きだという伝承は、広く各地に伝えられる。河童は相撲を挑むから、うっかり見ず知らずの者とは相撲などとってはいけないなどという。
 九州では「おい、相撲とれ」といって近づいてきて、負けてやれば嬉々として「もう一番」といい、負けるとくやしがって何匹でもかかってくる。しかし他人が通りがかって傍らからそれをみると、相手の姿はすこしも見えず、大の男がただひとり相撲をとっているだけだという。しまいには取り疲れて、夜が明けるとまるで病人のようになってしまい、熱が出る者や、稀には発狂してしまう者もあって、これを河童憑きとよび、修験を頼んで加持してもらうという。どうしても相撲をとらなければならなくなったら、河童の手は通り抜けだから、手を引けばスルスルと抜けるとか、相手をゆさぶったり深くおじぎなどをさせて頭の皿の水をこぼしたりすればよいと伝える。
 相撲はもともと神事であって、神霊の加護援助がいずれの側にあるかを卜する方法のひとつであった。相撲の強い者には神仏の御利益があるとされたのである。河童は自分の威力を承認させるため、そうした者に相撲を挑むのだと考えられる。負けて屈した者には庇護を与え、これと抗争した者はいつまでも悪戦苦闘を続けなければならなかった。
 また、相撲は七夕と関連が深いことが注目される。節会相撲が盛んであった時代に、公では7月7日に行なわれており、民間伝承中にも七夕の相撲がしばしば見られる。七夕は先祖祭りに先立って物忌みを始める日で、川や海に入ってみそぎが行なわれた。そのために水神である河童に対して祭りをして鎮めることになるが、そのひとつとして相撲が行なわれたのではないかとも考えられている。
 一方こうした河童に対して、相撲で逆にこれを圧伏して水を支配しようとした伝承も見出され、興味深い。このように人間に相撲を挑むものとしては他に山人、大人(東北)、シバテン、芝天狗(四国)などが知られている。